野村克也さんのお話

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こんにちは。

本日は先日の続きをお送りする予定でしたが
私の師(と勝手に思っている)野村克也氏がお亡くなりになられたということで
その件について書いていこうと思います。

先週の続きを楽しみにしている方がおられたら申し訳ありませんが、本日は野村克也さんのお話をさせて頂ければと思います。

小学生の時の憧れ・・・ではなかった

私が小学4年生の時に、当時はヤクルトスワローズの監督だった時
当時は池山、古田、ホージーなどの名だたる選手が現役で活躍している中
その監督であったのが野村克也さんでした。

当時は小学生なので、監督は二の次ではありました。
そりゃそうですよね。
活躍している選手がカッコいいに決まってます(笑)

小学校の時の私のイメージとしては「選手を纏めている人」程度のイメージでしかなかったと思います。

阪神の監督になってからイメージが変わった

私が高校を卒業して大学に入った年の1999年
野村さんは阪神の監督になりました。

当時言われていたのは「野村再生工場」
まだ芽が出ていない選手や、一度落ち目になった選手を開花させることに
長けていたからそのように言われていたのであると思います。

私はそれを目にして如何に「マネジメントは大切か」ということを
大学生ながらにして教えてもらったと思っております。

楽天の監督になって

その後、楽天の監督になった野村さんは、僕の個人的なイメージとしては
「キャッチコピー屋になったな」と思いました。

野村監督から出てくるボヤキは、まさにキャッチコピーとして
そのまま世に出ているケースがあります。
「マー君神の子不思議な子」というコピーは
今現在、ヤンキースで活躍している田中将大選手に対しての発言ですが
あの頃の事を知る人は楽天ファンであってもなくても、皆知っているフレーズではないでしょうか。

そんな人を引き立てる事に対しては天才的な才能がある人だなと思っておりました。

そして、年を追うごとに、野村さんの事を師として仰ぐようになりました。

そしてお別れ

2020年2月11日にお亡くなりになられました。
勿論びっくりしましたし、非常に残念ですが、年も年なので、仕方ないのかなとも思いました。

そして、野村克也さんの献花を、楽天イーグルスのホームタウンである楽天生命パーク宮城にて行われるという事なので、昨日行って参りました。

そして、改めて、私は野球が好きだけど、
それ以上に野村克也さんの追っかけだったんだなって感じました。

楽天生命パークには初めて行きましたが、何枚か写真を撮ってきたので紹介しようと思います

楽天生命パークまでは仙台駅から歩いて10分程度のところにあります。

一本道なので、その道をイーグルロードと呼んでいるそうです。

途中、イーグルスに関連した自販機などが置いてあり、地域ぐるみで応援しているんだなと感じました。

 

ゆっくり歩いたので大体15分くらいで到着しました

シーズン中なら、スタメンの写真が飾られるのでしょう。

あまり見ないボードだったので新鮮な感じがしました。

グッズショップ(?)かな?

シーズンオフなので開いてませんでしたが、いつか行ってみたいと思います。

スタジアムの入り口。

1番ゲートに献花台が設置されておりました。

しっかりお花をお供えして、お別れをしてきました。

改めて、野村克也さんのご冥福をお祈り申し上げます。

 

本日はこれくらいで。

次回はハローワークのお話の続きをお送りしたいと思います。